« スンネムン恐らく最終形態 | トップページ | 麦ご飯でビビムパプ »

2008年5月11日 (日)

光化門エリア

イムジンウェラン(文禄・慶長の役)で、秀吉軍(小西行長・加藤清正・黒田長政ら)が釜山からソウル(当時の名称はハニャン)まで、わずか20日あまりで来たというのは本当に凄いことですね。秀吉軍が強かったのか、朝鮮軍が弱かったのか・・・そしてキョンボックンなどはその時に焼かれました。その秀吉軍を半島の南側の海で破った武将がイスンシン(李舜臣)です。韓国では英雄扱い。像は日本を睨んで立っていると言われます。

イスンシン像。彼の号がチュンム(忠武)なのはご存知ですか?忠武路の由来です。


像ばかりに目が行きがちですが、その下には亀甲船があるんですよ。(へぇ~!)


復元中と言いつつ工事中断中のプレハブ。


遠くから見てモザイクになっている部分は、陶磁器でした!


実際のクァンウァムンを真似て、ちゃんと門は3つ用意されています。


真ん中の門には、小学生が作ったと思われるタイルがぎっしり埋め込まれてました。


天気が良い日は、このように一番奥にプッカンサンが見えます♪


現政権ではなくてノムたんの時に、特段大きな理由があって復元を始めたわけではなくて、私に言わせれば「気分」で復元している気がしないでもないのですが、そんな時にスンネムンが焼失してしまって・・・。現在、復元調査中に正真正銘、昔位置していた痕跡していた場所が見つかり、微妙に現在の計画の位置とずれているので、どっちを基準にして建てるかを、もめて(ではなくて)議論しているそうです。このクニでは良くあることです。

|

コメント

コメントを書く




コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。